何年か前のことです。
夢に富士山が出てきた時のこと。

季節は厳冬期。

吹き荒れる風と、雪と、氷の中を、黙々と。。。
白すぎて、寒すぎて、どっちが上なのか下なのかわからない、
風の音で他の音が何も聞こえない、
仲間の音も聞こえない、
いま落石があっても知らんがな状態で、
だけど、カラダは暑く、ウェアの下では適度に発汗していて、
それでも、一歩でも立ち止まると、
瞬間的に冷蔵庫のようなカラダになってしまうから、
決して休んではいけなくて、

現実的には、そんなお天気の時は、
夏でも富士登山などしませんが、
そのときは(夢の中では)どうしても山頂に行かなければならず、
とにかく、黙々と、歩き続けていたんですね。

立ち止まったら死ぬみたいなお天気でしたので、
疲れていようと、何であろうと、進めーーーー!!!だったんです。


それがね。
山頂にいざ到着してみると、
山頂に広がっているはずの富士山のお鉢の姿はどこにもなくて・・・

そのかわり、山頂には宇宙船がドーンと停まっていまして、
山頂到着と同時に、宇宙船の内部に入るという形になっていたんです。

気づいたら、宇宙船の中に居たということです。

宇宙船を一周すると、3kmか4kmくらいはあったと思います。
わたしから見たぱっと見た感じの目安ですので、正確なことはわかりません。
宇宙船なんて乗ったこともないのに、
なぜそこでわたしがそれを宇宙船という認識が出来たのかもわかりません。

宇宙船の窓から外を見ると、
ちゃんと富士山の頂上にいることがわかりました。

猛吹雪でしたが、吹雪の隙間から、
奥宮の鳥居が時々見えていたので。

氷で覆われた鳥居の、なんと神秘的なことでしょう。


ふと気づくと、一緒に登山した仲間は、
宇宙船の中でお友達をいっぱい作って、楽しく過ごしていました。

わたしは時間が気になりました。

そろそろ下山しないと、明日の仕事に間に合わないよって。

でも仲間は、いっこうに下山する気配がありません。

仕方ないので、わたしも少しの間、
宇宙船の内部を探検することにしました。


中央ホールの階段はらせんになっていて、
下から上を見上げてみると、明るい光が差し込んでいたので、
その光に誘われるようにしてわたしは階段を登ってみました。

すると・・・

さっきまでの猛吹雪はどこへやら?
しかも、この階段は宇宙船の内部だったよね?

階段を登った先で広がっていたのは、
青い空と、青い海。

真夏のような色合いの風景です。

特別、暑さを感じなかったけど、寒くもない。

さらにそこから展望台に行く道があることを思い出しました。
どうして思い出したのか、わかりません。

展望台に行ってみると・・・

なんと、海の上に国があり、
水の上に(水の隙間?)ビルが建ち並び、
たくさんの人達が生活している風景が広がりました!

見渡す限りの青い海。
そして、海の上に展開されてる大都会。

わたしは富士山の頂上に居るはずなのに、
この景色、この場所は、一体何なんでしょう???

人々は、船のような乗り物で水の上を移動していました。
船のような・・・船としか言い様がないのですが、
そのような船を日本では見たことがありません。

もしかして、動物なのかもしれないし、
もしかして、無機質な生命体なのかもしれないし、
よくわかりません。

とにかく、建物と建物の間は、すべて水の上でした。

富士山の山頂のはずなのにな。
まったく違う世界が同時に存在しているのでしょうかね。

もしかして、厳冬期の富士登山をする人は、
この国に遊びに来たくて、登っているのかしら?と思ったくらいです。

しばらくの間、その国の景色を楽しんで・・・
また、らせん階段を降りて、中央ホールに戻ることにしました。

そして、ふたたび、富士山の山頂に戻ることが出来ました。

中央ホールの階段を降りたところで、
誰かがわたしを呼び止めました。

そこで、大切なものをひとつ預かったんです。

これを持って行けばいいんですねってことを覚えているのですが、
肝心なことがわかりません。

これって何?

持って行くって、どこへ?

大切なものを預かった体感だけは、どかっと残っています。

早く下山しないと。

(写真はグーグルアース様からお借りしています)


そんなこんなで目を覚ましたことがありました。

今も、生々しく体感に残っているんですが、
人に話すことはあまりなかったんですけれども。。。


なぜ最近、このことを思い出しているのかというと、
最近、ある方の施術中の時だけ、
その時の光景が広がってしまうからなのです。

施術中のわたしは、がっちりと施術室と一体になってますので、
富士山に限らず、どんな光景が広がろうと、
その光景にのまれることはありません。

ビジョンには、必要なメッセージとして現れてくる場合と、
暇な人達の悪戯(?)もありますので、
自分の体感だけが、真実かどうかを判断出来るんです。


わたしは、このところ、とんでもなく忙しくて、
なかなか富士山に行けずにいます。

やっとこさっとこ休みを確保して、行ってみても、
日頃のトレーニング不足もあり、
今は去年のように歩けません。
先月も、先々月も、
登山口で富士山を拝んで、麓でご飯食べて帰ってくるだけで。

そんな自分を、すごく嫌になりました。

しっかり整え直して、また富士山の地面を歩かなければいけないです。
今わかっているのは、
そうすることで、誰かの何かを助けることになるんだなってことです。

解明しようとしても出来ないことが、世界にはいっぱいあります。
解明しなくていいんでしょうね。
役割に気づいて、その行動を一歩踏み出せれば問題ないのだと思います。