それは、久しぶりの、砂感覚でした。

皮膚なのに、砂なのです。
皮膚の下には、本当ならば毛細血管が通り、
弾力のある筋肉が存在しているはずなのに、
砂感覚の皮膚においては、そこには何もなく、、、、何もないんです。


そのお客様とは、長年のお付き合いですが、
いつも、肝心なところで、するりっと立ち去られてしまうといいますか、
わたしが踏み込んではいけない領域でもありましたし、
お客様にとっても、触れられたくない領域というのがありまして、
その範囲を守った上でのお付き合いが続いていました。


でも、今回の、
からだの一部が砂感覚になっているのを見た時、
あ、、、今なら、一歩だけ踏み込んでもいいんだ、というのを直感したので、
思い切って伝えてみることにしました。



「何らかの想念を受けてない?」


物騒な質問ですよね(^_^;

だけど大事なこと。


からだの一部に吸着して、
養分を吸い取るだけ吸い取ってしまった「それ」は、
砂のようになってしまって何もなくなってしまうと、
違う場所に移動していくんです。

奥へ

奥へ


そうやって、骨や脳にこびりついていくと、
何か何だかわからなくなってしまいます。


そんな感じで、思考まで入り込んでしまった人に会うと、
わたしには、色が薄く見えてしまいます。


かといって、
何か憑いているみたいだよ、なんてことは絶対に言えません。

もし、何かが憑いているのなら、
優しく対応していかないと、ますます奥に逃げていってしまいます。

強く跳ね返すなんて、もってのほか。

そもそも、戦う相手ではない。

かといって、
その存在を認めてしまうような言葉を使ってしまうと、
その存在のパワーがそのままの状態で増していくこともあるため、

からだにしっかりと意識を向けて、
心地良さを取り戻していくことが最優先。

で、それを取り戻したら解決でおしまいではなくて、
そこからやっとスタート出来るということ。



このような対応力がついたのも、
過去、数年間にわたって、わたしのそばにいた霊媒のおかげでもあります。

諸事情により、今は一切の関わりを絶っていますが、
わたしのために反面教師として人生を横切ってくれたことは感謝しかありません。


人を恨み続けるとどうなるのか。
想念を飛ばした分、どのような形でバランスを取るのか(代償が待っているのか)、
リアルタイムで目の前で見せ続けてくれていたような人。


魔物は、最初から魔物という顔をしていないので、
まんまと闇に墜ちていく時は、どのように墜ちていくのかまで身をもって見せてくれた。


墜ちているのに、墜ちているのがわからない。
むしろ、自然な流れに導かれているようにすら感じる。
楽しそうにすら見える。

そういう分岐点って、誘惑って、
人生の中で何度も遭遇するけれど、
そのたびにわたしが思い出している言葉は、

「狭き門より入りなさい」という聖書の言葉。

聖書の中身が、真実かどうかはわたしには関係なくて、
聖書の中に書かれてあるいくつかの言葉が(言霊?)
わたしの中のスイッチをオンにするようなことがあるんです。


そのオンの状態で見ていくと、

誘惑は、最初っから誘惑な顔をしていないし、
魔物も、最初から魔物っていう顔をしていないんです。

普通に見えるんです(笑)

自分の中にある何かが刺激を受けてしまう。



・・・・・


今回、砂感覚になってしまった皮膚から、
元の皮膚感覚を取り戻すまでの経過を、お客様をずっと見させて頂いて、、、

お客様は、今まで語ってくれなかったことをぽつりぽつりと語ってくださいました。


思い当たることがあるけれど、
何から話していいのかわからない状態のまま、
日頃の忙しさに追われ続けていたそうです。

でも、その状態のままでは、
いつまでも自分の足を自分で引っ張ってしまうことに気づいたみたい。


わたしも、無責任なことは言えません。


施術者として、出来ることを精一杯行いながら、
ひたすら話を聞いていました。

ふと見ると、皮膚は元に戻っていました。

話すことで、離した、放れていったのでしょうか。


大事なのは、これからの時間を生きる力のほう。
今年の抱負を聞かせていただきながら、施術も無事に終えることが出来ました。


ありがとうございました。