易選流の読み解きを深めていくために、
自分の命式を何度も書いています。

一度、書いたものを何度も見てもいいのですけど、

改めて新しく書いていくと、
改めて新しい発見があるんですよ。


最高師範の先生は、週に一度のペースで、
自分のを書き続けていると仰っていたことがありました。

それを聞いて、
わたしも。。。

週に一度ではありませんが、
何度も書いてみています。

書いているうちに、
むかし、母がわたしの出生の時のエピソードを語ってくれたことを
思い出していました。


「予定時刻になっても出てこない!」

「とにかく出てこない!」

「出てこないから、引っ張って出してもらった!」

「やっと出てきたと思ったら、仮死状態で真っ青だった!」

というふうに、わたしは生まれてきました。


これ、、、命式の読み解きと合わせてみると、
おもしろい発見があったんです。

もし、わたしが、予定日の予定時刻ぴったりに生まれていたら、
今とは違う星を受け取ることになってしまってたからね。


ここから先は、多少の易学用語をどうしても使ってしまうので、
意味不明な方はごめんなさい。


もし、、、もし、あと22分早く生まれてしまっていたら、
わたしの後ろの御方は、丙ではなく、庚だったんです。


ずーーーーっと庚だったところを、
丙を目指して生まれてこなければいけなかったことが
命式にも現れているんです。

だから、何が何でも、予定時刻と言われていた時間には出てこなかったんだ。
仮死状態になってでも(笑)


丙を目指してきたという事実。

そのときの後ろの御方は、
一体どんな気持ちだったんだろうって、想い巡らせていました。


庚のほうが、きっと、
慣れ親しんだ(?)心地良いものなのかもしれませんし、
実際に今もわたしの周囲には、庚はとても多いです。

だけど、今生では、庚になってしまったらマズイ。

何がなんでも、丙を目指していかなければ!!と・・・・


現在、自分の人生の中で、
何かの選択肢に迷う時、
わたしの後ろの御方には、二つの要素・・・
丙と庚を、自分でも感じていました。

丙ときどき庚モードの後ろの御方・・・


きっと、庚の視点のほうが、わたしは心地良い。
でも、それだときっと、
後ろの御方が、丙を目指して生まれてきた意味がない。


ほぼほぼ、庚かもしれなくても、
ギリギリセーフで丙の時間に飛び込んできた後ろの御方の頑張りがあって、

そのおかげで、
わたしは、
人救い星を持って生まれることとなりました。


なんだかね、
ふっと腑に落ちたんですよ。


丙の持つ、火のチカラ。
全体をパーーーーーっと照らすエネルギー。
ここから外れちゃいけないなって。

わたしにとって、庚は心地良いのですが、
丙を目指してきたことをきっと忘れないほうがいい。

というか、忘れちゃいけない。

何もかも忘れても、
このときの、後ろの御方の大きな決意と頑張りだけは忘れちゃいけない。


水の時代には、
火の優しさがなければ、
上に上がっていくことは出来ませんと教わりました。


丙の持つ、火のチカラ。

わたし自身の、木のチカラ。

水の時代の、水のチカラ。

易選流に出会えたタイミングも、奇跡としか思えないです。


かがやき易選塾は、すでに卒業しましたが、
現在は、一年分のテキストを、もう一度読み直しています。

一度目は、わたしが学びました。
二度目は、後ろの御方とともに学んでいく気持ちで復習しています。

永遠に終わらない学びかも。

終わりたくないかも。


とにかく、どんな小さな情報でもいい、
ご両親どちらかでもいいので、話せるうちに、
自分が生まれてきた時のこと、出来るだけ情報は集めておいたほうが、
きっと役に立つ時が来ると思います。

どんな小さな事でも。

わたしも
「なかなか出てこなかったよ」っていう、
たったそれだけのことが、
命式の中で、大きく影響していることがわかって、
さらに深く自分のテーマに導かれたような気がしてなりません。

萬年暦